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2006.09.25 自分的最終日
仕事等の関係もあり23日が今シーズンの納竿日となりました。
調子の良いYuuさんに運を分けてもらおうと無理をお願いしての釣行なのですが、果たしてYuuさんの運をお裾分け頂けるのか、かなり不安でありました。
今期最終日と言うこともあり、なかなか眠れない夜で気がつくと待ち合わせ時間の30分前。慌てて身支度をし、待ち合わせ場所のコンビニへ。
すでに到着済みのYUUさんと、本日の打ち合わせをし早速お勧めのポイントへ。朝一番のポイントは、その上下には以前入渓した事はあるがここは始めてである。大淵でキャストを開始するも目立った反応は無しなので、下流部へ移動する事に。途中に何やら気になるポイントがあったのだが・・・・・
下流から釣り上がるも、イマイチの反応である。チェイスはあるが、なかなか食ってくれない。今日も厳しいのかなと思いながらも上流にポイント移動。
そして例の気になるポイントへ。
上下に岩が出ている上の岩側の落ち込みチョイ上にキャストして軽~くアクションをちょんちょんとつけダウンクロス気味にミノーが流れた時、軽いあたりが・・・・・思い出すのがひげさんと40イワナを釣ったあの時と同じ感触。
「大物の当たりは小さいよ」のひげさんの言葉が脳裏をよぎる! もしかしてと、思った刹那。ゴッツンとロッドに明確な感触が!!!!
ロッドがしなる!ドラッグがジージーと鳴る!慌ててドラッグを絞めるが明らかに大物である。イワナの引きではない。水中で彼はグルグル回っているのだ。尺ヤマメ・・・・・!!! 彼は流れに乗って下流に下がる。
またまたロッドがバット近くまでしなる。無理は禁物と思いながら、ロッドでいなし岸近くまで寄せるが、彼の抵抗は半端でない。また流れに戻ろうとする。ラインは大丈夫だろうか?結び目は大丈夫だろうか?不安をよぎらせながらもどうにか岸にずり上げたら、尺?いやそれ以上である。
YUUさんに撮影してもらいながら計測すると33センチ!!!!!!
嬉しさが腹のそこから沸いてくるのが分かる。やっぱりいたんだ。
YUUさんの運を頂戴することが出来た喜びとポイントを譲ってくれたYUUさんの
優しさにあらためて感謝感謝感謝である。そして大物釣りのポイントをアドバイスしてくれてた、ひげさんにも感謝である。作シーズンラストで釣った尺ヤマメもひげさんのアドバイスに従って釣れさせてもらったようなもの。
振り返れば、いままで釣れた大物は同行者のアドバイスや優しさによるものだと痛感。Hi川水系の尺イワナ(JAMESさん同行)A川水系での40イワナ、そして23日の尺上ヤマメ等々。あらためて諸氏方々には心から感謝申し上げる次第であります。
まだまだ感謝の気持ちを言い表せないけど、本当に心優しき釣り仲間をこれからも大事にして行きたいと思います。そして残された今シーズン私は行けませんが皆様のご健闘を心よりお祈り申し上げまして納竿と致します<(_ _)>


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2006.09.12 御大来盛!
先日の日曜日、秋田から御大某氏が来盛。
御大が販売しているロッドユーザーへのサービスの一環とか。
御大とは古くからのお付き合いをさせて頂いておるが釣行は講習会を含めて3度目かな?来盛の度、声を掛けて頂くのだが、殆ど平日で当日に連絡なもんだから不義理を続けていたんだが、今回久しぶりの釣行。
心ウキウキと言いたいところだが、スケジュールの関係とは思うのだが
昼過ぎからの釣行となりやんした。減水に加えて炎天下の釣りなので
不安が一杯。でもそんな状況下でもきっと御大は「ビック」を釣るんだろうな~。

てな訳で待ち合わせ場所のコンビへ、すでに御大は到着済みで昼飯も補給との事。そこに本日同行の友人も到着、挨拶もそこそこにタックルBOXなどを拝見。当然だが「売る位」沢山の山ほどのミノーで溢れ返ってる。

取り合えず、S川水系支流に行くが現場着いて、愕然!!!!
水が・・・・・普段であれば大場所で渡る事も出来ないところなのに
対岸まで楽々なのである、減水は覚悟してはいたがここまで酷いとは思わなかった。当然ここでは、三人とも「ボ」
御大、友人と相談して別な支流に向うこととした。

堰堤上からの入渓となったが、どうにか水量はあるので今度は大丈夫だろうと
実釣開始。 二人が上流部にキャストしてる間に私は堰堤下へキャスト。
二投目に底からなにやらギラりと一度浮いてきたがそれっきりなので
私も上流を目指すことにする。左岸のボサ下を丹念に攻めて見るが
反応が無い無い無い(*_*) 時たまチビイワナがチェイスしてくるが
フッキングには至らない。

御大も首を捻ってる「渓相も水量もまずまずなのに????」
仕方ないので上流の大淵に向う。ここは友人の友人が?春先大物を出した(バラシ)た所だそうで少々の期待感が・・・・・でもやはり出ない、って言うか
いない?のかな~。

そうこうしてると、御大がスピナーらしき物ににチェンジ。
御大の背後によく近づいて動きを見てると「ん?なんだ?あれ~?」
スピナーではありませんでした。詳細は<(_ _)>でお願いします。

どんどん移動して上流部へ、ここぞってポイントを攻めるも反応が薄い。
以前27センチをあげた場所まで行くが、その間でチビヤマメが一匹のみ。
チェイスは数度あるものの一度でれば二度と出てくれない。

御大も「水温もいいのに何でかな~」である。この方が出せないんであれば
仕方ないかなと思うが、予想以上に厳しい。
退渓予定ポイントの少し上流部に来た所で、本日は終了ということにした。
それにしても厳しい釣行でした。

でもわたし的には結構楽しんだ釣行ではありました。
御大との久々の釣り、秘密アイテムの拝見、その他釣りに関する諸々談義。
三人とも「ボ」ではありましたが、ある意味収穫のあった釣行でありました。
御大はその後花巻に移動との事でしたので駐車場にてまたの再会を約束して
解散と相成りましたが、私はといえばその日の疲れが翌日まで尾を引いてしまい、ヘロヘロでした。
楽しいひと時ではありましたが、やはり釣れない釣りは疲れるじょ~(T_T)

今週末は御大の掲示板で知合った友人と県北沿岸河川に釣行予定ですが
日頃の行いが悪い為か週末の天候が・・・・・・・。




今年もこの時期?恒例の中津川べりフォークジャンボリーが開催される。
70年代のフォークファンなら知る人ぞ知る、伝説のコンサート「中津川フォークジャンボーリー」のパクリ?である。
この時期が近づいてくると気になるイベントのひとつなのだが、気になるだけでいまだ見にさえ行ってない。実は大分昔の大学時代になりますが恥ずかしながらギターかかえて弾き語りなることをしておりました^_^;
吉田拓郎が大好きで格好も真似しながらなりきって歌ってました。
そのうち下手くそではありますがオリジナル曲も作り始め、そのうち
人前で歌う事を覚えてしまったのだが、実はそれ以前の俺は極度の対人赤面症で人前で話す事はもちろん、人前に出ることすら出来なかったのであります。

その当時中の橋通にエンドーストア(現ウィズビル)の一階にサテライトスタジオなるコーナーがありまして、そこで色んなイベントしてたんだけど月に何度か?アマチュアのライブをしてたんですが、そこになにを間違えたのか、トチ狂ったのか出てしまったのです。
もちろん歌だけでなくMC付きでです。それをたまたま通りすがりに見てしまった親戚のおばさんがいたから、さぁ~大変、わたしの実家に飛び込んできて母親に「大変だ真ちゃんが人前で歌を歌ってる。我が目を疑ってけど本人だった」親戚がドデンするくらいの対人赤面(恐怖)症だったんですよ。
いまではとてもとても考えられないでしょうが、そんな時もあったんだよ~。

いまはやってないけど東山○本店の4階?で大学の友人達とコンサートしたり
ビヤホールで弾き語りのバイトしたり、今で言う福祉施設に慰問にいったり
当然の事ですが?学業そっちのけで音楽活動に没頭没頭大没頭でした。
社会人になっても音楽活動は続き、いつしかコンサートで知合った連中と音楽集団を結成!!その名も「飛べない翼」。なんともすごい名前ではありますが、名前の由来に関してはすっかり忘れておりますので悪しからず<(_ _)>
「飛べない翼」を何故結成したかと言うと、当時はまだまだ、ギター=不良の図式は崩れていなくって、かなり肩身の狭い思いをしておりましたし、実際にコンサートに参加している高校生が喫煙してる現場には何度も遭遇しており
お堅い話ですがどうにかせねばと、一念発起(オーバー)色んな規則を作り
未成年の喫煙禁止とか飲酒禁止とか・・・・・・あとは忘れた(+_+)
その頃歩行者天国が始まったのですが、そこでどうしてもライブをしたくって
路上ライブの許可を取り付けに商店組合や警察署に出向たりもしたな~。
ホントは勝手にやっても構わないんだけど、お墨付きがほしかったんです。
自分達の趣旨を理解して頂いた上で路上ライブをするって事が社会的に
理解してもらえる一歩かなとも思ったしね。毎週日曜日には例え雨が降ろうが
雪が降ろうが殆ど休まずにライブしてたんだけど、それを見て参加したいと申し出る高校生も多数おりましたが、「俺達のルールに従うのであればいいよ」
って前記した内容を話した上入ってもらってたけど、ある親からは感謝された事もありましたね~。「子供がタバコを止め、親の言う事に耳を貸すようになりました。」とか・・・・・・予想もしない展開に少々戸惑いもしましたが
やってよかったな、間違ってはいなかったな、としみじみ思いました。
てな訳で、日曜日毎の路上ライブ、月一度のミニコンサート、年1回のホールコンサート等々、最盛期には確か30人以上のメンバーが居たようにきおくしておりまして、当時のアマチュアとしてはかなりの好評価をいただいた記憶がありますね~。(つかボン、遠く空を見上げる)
若さゆえの馬鹿な行動や奇行の数々、いまでも思い出すと笑っちゃいますが
そこらへんはおりを見て公表するとして、実は当時の不良高校生が?
上記の「中津川べりフォークジャンボリー」の主催者になってるのであります。時代は流れて行くもんなのですね・・・・・・・(^^)

そろそろ預けている○ーチンD28を引き取りに行こうかな~と思う今日この頃のつかボンでした。

んじゃ~(^o^)丿

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